カンボジア道中記2
第3話(最終話)「メッセージ」(前編)
<2015年5月25〜26日 プノンペン>
ミサエ
「何かほんと具合悪くなっちゃった…、ちょっと落ちたほんと」
まっすー
「やっぱりあそこはきついよ。俺2回目じゃん?それでも頭痛がしちゃってさ、、」
ほっしー
「ずっと中庭に座ってたから大丈夫かなって」
KOSMIC
「やっぱり何か普通じゃなかったよ、あそこは」
帰り道、一言感想を漏らしたまま、皆一様に押し黙っていた。
いや、発する言葉も見つからなかった。
我々は、シェムリアップに別れを告げ、国内線に乗ってプノンペンへと降り立った。
華やかな観光地だった場所から一転、首都プノンペンの街はアジアの一都市といった感じでとてもギラギラとしており、人々の顔つきも違って見えた。
交通量は倍以上。事故が起こらないのが不思議なくらい(実際は起きているようだが)、交通ルールなどほとんどない道路を我先に進むバイクとクルマの群れ。
排気ガスと下水の臭いが混ざり合い、独特の臭気が立ち込める。トゥクトゥクの運転手は射るような視線で街ゆく観光客を見つめ、何の商売をしているのかわからない人間がうろついている。
このように書くと怖い街というようなイメージを与えてしまうと思うが、アジアのどこの都市でも同じである。我々は都会へやってきたのだ。観光地ののんびりした空気は微塵もない。
プノンペンの街並み
ミサエ「あぁ〜、シェムリアップに帰りたい(笑)」
KOSMIC「全然違うね、雰囲気が…」
雨季らしい重く垂れこめた雨雲のせいもあり、プノンペンの街はことさら暗く見えた。
冒頭のやりとりは、プノンペンに着いて最初に向かった場所、「S21 トゥールスレン虐殺博物館」でのことである。
前回の道中記でも書いたが、「S21 トゥールスレン虐殺博物館」はポル・ポト派の大量虐殺の中心的な舞台となった場所である。反体制分子、知識層などの粛清にはじまり、末期は恐怖政治を敷くためだけに存在し、実に人口の1/3を葬り去った集団狂気の象徴である。
内部はほぼ当時のまま残されており、犠牲者の写真、奇跡的に生き残った人による当時の拷問内容を描いた絵が展示してある。
悲惨とか悲劇とか、ましてやかわいそうとか、そういう次元を超えている。
なぜ殺すのか、なぜ殺されなければならなかったのか、その理由さえ見出すことが難しい。その悪魔の所業に堪えきれない怒りがこみ上げてくる。
S21 トゥールスレン虐殺博物館
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5月26日 学校視察へ出発
天気同様に重たい雰囲気ではじまったプノンペン滞在。
一夜明け、打って変わって気持ちの良い天気となった。
市場の始まりは早く、すでに活気あふれる声が聞こえる。
今日は旅の最終目的地、バンティアイチャックレイ中学校へ向け出発する。
ここが本番とばかりに皆少し緊張しているように見える。
「おはようございま〜す。よろしくお願いします」
ここで新たに1人の方が旅の仲間に加わる。
「やくそく」プロジェクトに協力いただいている、YCF groupのタイ現地法人 YCF Internationalの苅田征峰さんだ。今回の校舎建設の大きなアイデアである、屋根の遮熱塗料塗布の現場指導のためにお隣タイから駆けつけてくれた。
まっすー
「カリちゃん、ひさしぶり!」
たやまん
「お〜来た来た」
苅田さん(以下:カリタ)
「どもども」
準備を整え、今回も「JHP 学校をつくる会」の迎えでクルマへと乗り込む。
ここでもう一人旅の同行者、「JHP 学校をつくる会」プノンペン事務所 所長の木村晋也さんである。
前回、詳しく紹介していなかったが、木村さんはまっすーたちがカンボジアを訪問する際、いつも同行してくれているJHPの現地スタッフ。見た目はとっても怖い(失礼)。
しかし話すととても楽しく、笑顔が優しい。とにかく頼りがいのある人である。
JHP 木村さん(以下:木村)
「皆さん座れます? 空いてる方に荷物置いちゃっていいですから」
ぶっきらぼうに見えて、気遣いの人でもある。
一路、バンティアイチャックレイ中学校へ向け、プレイベン州へ出発。
途中ものすごい渋滞に遭遇する。
木村
「通勤ラッシュなんですよ。この時間は結構ハマりますね」
フッキ
「カンボジアにも通勤ラッシュがあるんだ…」
プノンペンを離れるに連れ、だんだんと舗装がなくなり道が荒れていく。
まっすー
「今回は全然マシだよ。フェリー待ちとかしないし。ネアックルン橋も渡れるよ」
ネアックルン橋——。
2015年4月に開通となった橋で、日本の大手建設会社が建設。
国道1号線は国内幹線道路であるとともに、東はベトナムのホーチミンから、カンボジアの首都プノンペンを経て、西はタイの首都バンコクへ「南部経済回廊」の一部を形成している。
新たに紙幣にも印刷され、日本とカンボジアの友好のシンボルとなっている。
まっすー
「見えてきたよ〜!」
一同「わぁ〜すごいね」
久しぶりに出会う日本の建築物。日本で見れば普通かもしれないが、その整然と建っている様はカンボジアではやはり珍しく、飾り気のないシンプルさが逆に美しく映える。
改めて日本人っていい仕事するなぁ、と素直に感心してしまった。
橋はちょっとした観光スポットになっており、橋上で記念撮影をしている人が何人もいた。
ほっしー
「今日の校内ではどんな流れになっているんですか?」
まっすー
「まず建築状況の確認と遮熱塗料の指導が一番の目的なので、それにかかってあとは時間の許す限り取材とか交流に使ってもらっていいです」
ほっしー
「!? それはもったいない。
せっかくなんで、みんなそれぞれコーナー受け持って、流れ組んでやりましょうよ!」
一同「え? ( ゚д゚)ポカーン」
何事かひらめいたほっしー、一気にまくし立てる。
ほっしー
「田山さん、冒頭あいさつお願いします!増田さんも壇上へ。生徒たちはできるかぎり校庭に集まってもらいます。続けてコズミさん、間髪入れずショートライブいきましょう!
その後は、3手に分かれてミサエさんと女子たちとの交流。持って来たチェキの出番ですよ!そしてコズミさんのギターコーナー。最後にもうひとつ!福ちゃんのサッカー講座だ!その間にオレは生徒と先生に取材を!!」
一同「あ、はい、、 ( ゚д゚)」
走り出したら止まらない、突然の提案にうなずくしかない一同(笑)
「時間限られてましたからね、生徒たちにも楽しんでほしかったし、自分たちも楽しみたかったし、みんな色々準備してきているの知ってましたから良い時間にしたいなと」(ほっしー後日談)
皆、いそいそと準備を始める。
たやまん
「まっすーやんなよ〜」
まっすー
「いや、ここはたやまんでしょ」
KOSMIC
「じゃあ演ろう!曲はあれかな」
ミサエ
「私どうしよ〜何話せばいいか…」
フッキ
「昨日買ったボール、ちょっと怪しいですけど今日は保ちそうです」
——我々のこの準備は無駄ではなかったことを学校へ着いてすぐ感じさせられることになる。
クルマで1時間半ほど、大通りから少し入っていったところにバンティアイチャックレイ中学校はあった。
現地からの報告書で見ていた校舎が見えてくる。
ミサエ
「やっと着いた〜、、、?」
!?
一同「えぇぇぇぇ〜〜〜〜!!」
なんと校門の前に全校生徒が列を作り、我々を歓迎するべく並んで待っていてくれたのだ。
ほっしー
「うわっ、すごい。福ちゃんすぐ機材準備しよう!」
ミサエ
「え〜、どどどどうしよう緊張してきた」
まっすー
「俺たちもこれは初めてだわ」
我々が学校へと入っていくと、子どもたちは割れんばかりの拍手と笑顔で迎えてくれた。
子どもたちの列の先には真新しい黄色い校舎がほぼ完成した姿を見せていた。
カメラを向けると、どの生徒もはにかんだような笑顔を見せ、こちらがおどけて見せるとピースサインを送ってくれた。シャイで純朴な雰囲気は日本の子どもたちによく似ていた。
思わぬ全校生徒の出迎えに感激するメンバーたち
校舎の外観はすでに完成し、あとはトイレと細かい部分の作業となった新校舎。
今回の校舎には不動産開発会社であるマーケットトラストのアイデアが色々と盛り込まれている。
まずは教室内のまっ白な壁。通常は外壁と同じ黄色というかクリーム色なのだが(校舎の外観の色は規定で決まっている)、電気の通っていないので教室内が暗い。そこで考えたのが真っ白い壁。光の反射で少しでも明るくしようという狙いだ。
狙いは見事的中したようだ。
たやまん
「おぉ〜ちゃんと白く塗ってあるね」
まっすー
「だいぶ明るいね」
もう一つが今回の大きなアイデアである遮熱塗料の屋根への塗布である。
もちろんクーラーなどないので、建物に蓄積する温度を少しでも下げるのである。
早速、YCF Internationalの苅田氏が現地の工事担当者にレクチャーをはじめる。
カリタ
「まず、塗料を薄めて、それから最初にこの方向で塗っていきます」
木村さんが日本語→英語、現地の担当者が英語→クメール語で通訳されていくので時間がかかる。説明もいささか大変そうだ。
カリタ
「で、この状態で次にこう塗っていきます…」
身振り手振りを加え一生懸命に説明する。大人数で室内にいるとさすがに暑い。
この遮熱塗料は大きな効果を生んでくれるだろう。
遮熱塗料のレクチャーをする苅田氏。外では特殊な温度計で屋根の温度を測る。
広さ充分、特に女子生徒待望だったというトイレも完成間近だ。
日に日に完成が近づいている校舎を生徒たちはどのような気持ちで見ているのだろう。
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工事の打合せも終わり、いよいよ全体イベントへと移っていく。
まず壇上に上がったのは、たやまんとまっすー。
たやまんは嫌だ嫌だと言いながら、しっかりと子どもたちへのメッセージを書いて準備してきていた。
たやまん
「私は、今回この校舎建てた会社、株式会社マーケットトラストの社員の田山正胤と申します」
こう挨拶をはじめたたやまん。
突然まっすーがたやまんを指さし
まっすー
「はい! たやまん!」
生徒たち
「タヤミャン!」
なぜか生徒にたやまんコールをさせるまっすー
たやまん
「まっすー!」
生徒たち
「マッスゥゥ!」
同じくまっすーコールをさせるたやまん。
よくわからないが生徒は大喜び(笑)
まっすー
「たやまん!」
生徒たち
「タヤミャン!」
たやまん
「まっすー!」
生徒たち
「マッスゥゥ!」
たやまん
「もうえぇわ」
マジメにはじまりそうだった挨拶は爆笑の渦となる。
つかみはOKというところか。
たやまん
「今回は工事の進捗状況の確認と学校建設工事ではじめて試みる、遮熱塗料を屋根に塗装する工事の打合せにきました。遮熱塗料は熱を遮断するので、教室内の気温を下げる効果を期待しています」
ここまで話してひと呼吸置き、たやまんの表情が少し変わった—。
たやまん
「私たちは工事の前から、工事中の今も、そしてこれからも
皆さんにより良い環境で勉強してもらうように考えています。
でも、しかし。
わたしたちができることはここまでです。
勉強するのはあなたたちです。
ですので、皆さんベストを尽くしてください。
勉強ができるということはものすごく幸せなことなので
一生懸命勉強してください。
一生懸命勉強してカンボジアの未来を担えるような大人になってください。
そして学校関係者の皆さん、工事関係者の皆さん、最後まで安全に工事が行えるようにしてください」
(実際の発言をそのまま記載)
どのくらいの生徒にこのメッセージが伝わっただろう。
たやまんは日頃多くを語らない人である。
でもこのプロジェクトに対して常々「可哀想という視点では見ないようにする」と言っていた。
「我々は必要な支援をする、あとはそれを受けた本人たちがどうするか、活かすも殺すも自分次第だと思う」と。
「一生懸命勉強してください」
この一言に、発起人 狩野富の想い、そして事務局代表としてのたやまんの想いがすべて詰まっているように思えた。